音を出すときの邪魔になるものを認めてあげる

ココロとカラダの癒しエデュケーター
シータヒーリングインストラクター
アレクサンダー・テクニーク教師
中條マキコです♪

先日リハの帰り道
今日のリハはいつもと違ったような気がしました。
一体何が?とよく思い返してみると、自分の出した音をどう思われるかという不安を感じなかった、ということに気付きました。

正直、たどり着けるとは思っていなかった場所に居ることがわかり「もう大丈夫」とつぶやきました。

以前は、音を出そうと思う時に人からどう思われるかが気になり、さらに、それによる不安が広がり、そのために自信を持って弾くことができず、できたらあまり聞かれたくないという気持ちを持ちながら音を出すことがありました。

音を出すというのは、人とコミュニケーションする、ということ。
望んでも望まなくても、人に何かを伝えてしまう手段ですから、人に伝わることを前提として受け入れている必要があるのではないかと思います。

一方、人にどう思われるかが気になる気持ちの根底には、人にジャッジされ、その人から好意以外のものを示されるのを見たくないという気持ちがあるわけです。

つまり、ジャッジのネタになる自分についての情報を提供したくない。
相手に何も伝えたくない、伝わらないでほしい、コミュニケーションを取りたくないという気持ちが存在します。

この相反する気持ち。
これを自分の中で同時に発生させると、身体とココロの中に衝突がおきます。
どっちも自分の正直な気持ちであるため、混乱し、自分の身体とココロの自由を奪ってしまうのです。

自分の場合は、自分がしたいと思っていることの、いつもその反対の声にも耳を傾けてしまっていました。
今回は何をしたのかと考えると、自分がやりたいことに「ついて行きつづける」ということをやっただけということに気が付きました。
その結果、反対の声に耳を傾けなかった。
不必要な時には、反対の声を、思い出さなくていいということが分かったのです。

自分の出した音がどう思われてもいいのか?下手でもいいのか?とか、それはまた別次元の問題です。

今までは、その声をなくすにはどうしたらいいかと考えていましたが、なくせないものをなくそうと思うことで、そこでも衝突が起きていたわけです。

恐れは、なくさずそのまま持っていていいもの。
自分を邪魔する考えではあるけれど、まぎれもなくそれも自分の考えで、自分の中に存在してもいいもの
恐れの存在を恐れる必要はなく、必要ない時には選ばなければいいだけのもの。
そんなことがやっと呑み込めたのかもしれません。

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