見るということ#0073

シータヒーリングインストラクター
アレクサンダー・テクニーク教師
中條マキコです♪

ダイアログ・イン・ザ・ダークを
友人たちと体験しに。
*ネタバレありなのでご注意ください

暗闇で、
視覚以外の情報の
鮮烈さにおののくかと
思っていたけど
そうでもなかった

それは
目を開いていたからか
たまに、
家への帰り道
目をつぶって歩いたりして
遊んでるからかもね

あと
何か少し
不安みたいなものも
あったのだけど
同じ世界だった。

人を頼っていい
人に触っていい
その安心感に包まれた
暗闇は、
居心地良かった

すべての人が
等しくなる

視覚情報から判断する
偏見がなくなる

この人怖そうとか
貧乏そうとか
苦手そうとか

見えていると普段
そういう人には
頼らないけれど

声だけだと
多少苦手かもと
思う人にも
そこを乗り越えて
自分の役に立ってと
言える。

普段の生活で
わたしが
視覚情報から
得ているものは
必要なものなんだろうか?

何かが
自分の目に入ることで
自分の中に起こる反応

無駄なものは
もちろんあってほしいけど
無意識にいろんな情報に
さらされ
それが行動の
判断材料になるんだから

ということは
視覚情報も
断捨離しちゃったら
いいんだな

自分が何を見たいのか
それをもっと
意識して選ぶ
というシーンが
あってもいい

そして見えるものに対して
そうなのなら
自分の全体を考えたら

自分を、どんな環境に
存在させたいか
ということを
もっと考えてもいいということ
なのか。。。

それにしても
ビールのおつまみで
出されたキューブチーズ
暗闇なのに
全く戸惑わずに
クルクルと剥けて
食べられたこと

思わず自分の食いしん坊さに
いいね!
してしまった

隣の人から
スープも分けてもらったり
乾杯したりも
楽しかったな。

暗闇を出るのが
ちょっと名残惜しかった

シェア&いいね!いただけるとシッポを振って喜びま〜す\(^o^)/♪

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