集中する

ココロとカラダの癒しエデュケーター
シータヒーリングインストラクター
アレクサンダー・テクニーク教師
中條マキコです♪

今日の授業でKさんが「本を読む」ことを探究していました。
読んでいても頭に入ってこない状態にどうアプローチするか。

まず、Kさんが自分の読む、を観察したところ、わからない文字をめんどくさいと思って読み飛ばしたりしてしまうとのことでした。

「その本に何が書いてあるかわかりたい、と思ってみようか」と言われ、さらに頭と脊椎の関係を思って読んだところ、いろいろと雑音が消えたような感じですんなり読めたと言っていました。

今までは、読もう!理解しよう!と一生懸命読むことに集中していたわけですが、実はアレクサンダー的に見ると「集中」というのは、余計なことをたくさんやって逆にノイズが増えている場合が多いのです。

というのは、見ようとしなくても、感じようとしなくても、いろんな情報が普通に息をして存在しているだけで体中の感覚器官から入ってきます。
その中の「本」という一つのものからの情報だけを取り出し「目」だけを使って読み取ろうとする。

これは、他の情報が入ってくるのを一生懸命押さえこみ、いろんな感覚器官が受け取っているものを見ないように聞かないように、をやっている状態。
つまり、集中といいつつも、実はそれ以外のことを沢山やっているというわけです。

それに気づいてやめることができると今まで一生懸命やっていたことが「雑音」と表現できるようになるのですね。
私も、手の使い方を探究していて「これだ」と思った使い方になった時など、その部位が驚くほど「静か」だと感じることがあります。

また「聴く」についての集中にも同じことが言えると最近思います。
何かの音やリズムだけをよく聴きたいと思ってその音に集中しようとすると、かえって聞き逃してしまったりする。

周りが見えて、色んな音が聞こえて、いろんな情報が自分に入ってくるのを許す。
そうして入ってきた中から必要なものだけを拾い上げる、不思議なことに集中できていると思った時よりも豊かな情報が得られることもあります。

情報というのはその状況において複雑に絡み合っていて、一つだけ切り分けるということができないのかもしれません。

一つの音を取り上げたつもりでも、それにはいくつものリボンが繋がっていて、実はいろんなものと結ばれている。
湿度、お客さん、証明やお酒の瓶や、かかっている絵とさえも。
そこにあるすべての情報と関係しあって、音や譜面といった情報も存在しているため、それだけを見よう、聴こうとすることは実は、リボンを一つ一つほどこうとしているようなもので、不可能なことをしようとしているのかもしれませんね。

私の場合、古い「集中する」が多少アップデートできてきたのか、最近聞こえてくる音の質が変わってきたような気がしています。

***
無料メルマガ【まき通】ココロとカラダをふっくら満たすまっきーサロン通信♪  
 
無料メルマガ【まき通】、まっきーサロン通信は
どうしたらヒトがその本来の可能性を、ラクラクと発揮し
愛と喜びに満ちた人生を送れるのか?を探求する旅路へお誘いする
まっきーからあなたへの招待状です♪ 
 
ヒトは、ココロ、カラダ、魂、エネルギー、そしてカラダを助ける細菌たち
そういったさまざまなもので成り立っている生命体。
その全て、ホールセルフと協調し、環境と協調し、ヒトと協調し
そこに育つものを受け入れ、還していく
本来備わっている豊かなしくみを知り、使い、活用し、
自分が住みたい世界を創り上げる。そのための
ベイビーステップとなる気づきを、メルマガでお届けしていきます♪ 

シェア&いいね!いただけるとシッポを振って喜びま〜す\(^o^)/♪

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

コメントを残す