自分の出す音が音楽的だったかどうか、について考える

ココロとカラダの癒しエデュケーター
シータヒーリングインストラクター
アレクサンダー・テクニーク教師
中條マキコです♪

ただ一つの音を出すだけでも音楽的であることは可能で、それを積み重ねていけたら、自分の音楽はもっともっと変わっていくんじゃないか、と思いました。

先日、超簡単なソルフェージュをやりました。
ピアノに合わせ、いろんな音から始めてドレミファソラシドと歌います。

翌日、出にくかった高い音はどうやったらもっと楽に出せるのかな?と思い、いろいろ探求してみようかなと思いました。
声を出そうとしたその時、あることに気が付きました。

私は、まず最初に声帯のあたりを締める、をやろうとしたのです。
前日に高い声を出したとき、そういう感覚があったのを覚えていたからだと気づき、驚きました。

過去に高い音を出すときに感じた体の使い方の感覚を、まず再現することによって高い音を出そうとした。
それをやったらとりあえず出来た、という記憶に基づいてです。
出したい音のことなんてこれっぽっちも考えていなかったのです。
これは、実際にそのあと出した音を聞いているのかどうかも疑わしい、と思えました。

癖や習慣を使うことで、どんな音を出すかのイメージ、実際その場でどんな音が出たか聞くこと、それを阻害していた可能性はあるな、と思いました。
楽器を弾く時にも、これは起こっていたんじゃないだろうか。。。

こうやって、歌でもない、ただひとつの音を出してみるだけでも、もっと出したい音の高さや、質や、そんなものをきちんとイメージして出すことができたら、それはたったひとつの音でも、音楽になりえるんじゃないかと思えました。
そういう気持ちを全く持たずに、難しいフレーズを練習することが、自分には味気なく思えました。

今までの練習は、自分に習慣を学ばせ、それをいかに本番で「再生」するか、というものに特化されすぎていたかもしれない。
出す音すべてが音楽になったら、練習という言葉は無くなるかもしれない。

そして再度高い音を出す、をやってみることにしました。
出したい音の高さ、質をイメージしました。
既に声帯のあたりが準備をし始めようとしています。

それに、ちょっと待ってね、と準備をやめてもらって、出したい音のイメージを十分に想像して。
さて、それにはどうしたらいいだろうね?と自分全身に尋ねてみました。
どうしたらいいと思う?前と同じでも、違っても構わないよ

そしてその場にいる自分に気づき、自分の首の楽さにも気付きながら。。。声を出す。

思ってもみなかったお腹の底の方も使って声を出していました。
喉一体がまとまって締まる感じはなく、あちこち広がる感じの所が増えたようでした。

今この瞬間の自分を使って、出した音、というそんな感じ。
ベースを弾く時にも、同じことを試していってみよう、と思いました。

***
無料メルマガ【まき通】ココロとカラダをふっくら満たすまっきーサロン通信♪  
 
無料メルマガ【まき通】、まっきーサロン通信は
どうしたらヒトがその本来の可能性を、ラクラクと発揮し
愛と喜びに満ちた人生を送れるのか?を探求する旅路へお誘いする
まっきーからあなたへの招待状です♪ 
 
ヒトは、ココロ、カラダ、魂、エネルギー、そしてカラダを助ける細菌たち
そういったさまざまなもので成り立っている生命体。
その全て、ホールセルフと協調し、環境と協調し、ヒトと協調し
そこに育つものを受け入れ、還していく
本来備わっている豊かなしくみを知り、使い、活用し、
自分が住みたい世界を創り上げる。そのための
ベイビーステップとなる気づきを、メルマガでお届けしていきます♪ 

シェア&いいね!いただけるとシッポを振って喜びま〜す\(^o^)/♪

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

コメントを残す