ベースを弾く~サラ・バーカーのレッスン

シータヒーリングインストラクター
アレクサンダー・テクニーク教師
中條マキコです♪

「弾く」の見える動きにばかり注目し、他の部分を忘れてしまうと、どうも身体というのは上手く動いてくれないシステムになっているようです。

サラのレッスンで、ウッドベースを弾いてみました。
「楽器の床についている部分や、一番上の部分を意識していますか?後ろの部分は?」

一番上の渦巻(スクロール)は、欠けると致命傷になるくらい大事なところ。
エンドピンだって素材で音が変わってきますが、特に意識しながら弾いたことは全くありませんでした。

よく考えると、左右の手で弾く範囲にしか注意を向けていなかったことに気づき、
ボディの前半分しか意識になかった、と言ったらサラに笑われました。

「では、ここに手を置いてみて」
左手を伸ばし、渦巻の上を触りました。
「手を置いたまま楽器と一緒に動いてみましょう」
エンドピンを軸に、楽器と一緒にスイングするように、左右を見まわしました。

大きい楽器という認識はあったけれど、改めてその空間での存在を実感したような気がしました。

自分の頭からつま先までの身体全体と、この大きな楽器と、この同じ空間でよりそい、一緒に振動し、空気を震わせ音を出すと思う事は、初めての意識でした。

「では、弾いてみましょう。そして自分の周り、後ろにも気づきながら。」
そうやって弾いてみると、身体的にも、意識的にも楽に弾ける気がしました。

しかし弾いていると、つい意識が手元に集中するのをサラが見てとり、渦巻や私の後ろ側を思い出して、と指さしました。

渦巻があると思った瞬間、裏板も振動してると思った瞬間、床に接するエンドピンを思った瞬間、自分の後ろにも空間が広がっていると思う瞬間、動き易さ、弾き易さが生まれました。

弾くこと以外の事を考えるのか?と思うかもしれませんが、違うのです。

人間の身体はすべてが関係し合って絶妙なバランスを取り続け、そのうえで何かの動作をしています。
その何かの動作だけが「弾く」なのではなく、実はそれは「弾く」の一部分でしかない。

それをわざわざ切りだそうとしたり、他を意識しないようにする事の方が、「弾く」を邪魔する「余計な事」だったのです。

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