自分がやりたいことをよりよくやるために、どうするか?

シータヒーリングインストラクター
アレクサンダー・テクニーク教師
中條マキコです♪

学び始めてから

6年目を迎えようとしている

アレクサンダーテクニークについて

最近改めて

丁寧に見直してみて

いるのだけれど

やっと、このわからなさを

言葉にする勇気と意欲が

出てきたところ(笑

学びはじめのころの

ブログを読んで

本当に自分の心と体が

(と、分けたくはないのだけれど)

学び始めたことによって

激変しているんだということに

改めて気がついた

なので自然と最近

アレクサンダーテクニークが

何なのか?という問いを

自分の近くにいつも

なんとなく

浮かばせながら

暮らしている。

そんな中で

今日のところは

アレクサンダーテクニークって

「自分がやりたいことを

どう、自分の体(心と体)を

いたわり、協力しあい

建設的にやるか、

それを考えて実行する

技術を育む方法」

というものかなと

思いついた。

自分にとっては、ね。

他人のは知りません。

「自分のやりたいこと」

というのが

曖昧すぎると

感じるかもしれない

しかし、それは

普通に考える

「自分のやりたいこと」

というのが

「実はやりたくないこと」

を、おおいに含んでいるから

そのことに私たちが

気がついてないからこそ感じる

苛立ちの含まれた

「曖昧さ」なのだと思う。

たとえば、

コーヒーの入ったカップを

手に取るという

日常動作のレッスン。

正しいカップのとり方

というのは存在しない。

身体にとって、良いとり方

というのも曖昧

レッスンをしていると

ここで

「ただ飲みたいだけ!」

と、イラっとしてくることもある(笑

では、ただ飲めさえすれば

いままで自分がやっていた

カップのとり方によって

自分の肩こりが

増加してもいいのか?

と、聞かれれば

たぶんそれは

望まない人の方が

多いはず。

そこで望みが一つ

クリアになる

「カップに入った

コーヒーを飲みたい」

という望みに

「じぶんの身体に

負担をかけない」

という望み

このふたつを

実現させるやり方を

考えていく

レッスンとなるわけだ。

そしてもうひとつは

「外からの刺激に対して

どう、自分の体(心と体)を

いたわり、協力しあい

建設的に対応するか

それを考えて実行する

技術を育む方法」

でもあると言える。

もし、コーヒーを飲むだけでなく

誰かとお茶をしているの

だとしたら

さらに相手と

コミュニケーションをとりたい

という望み

あるいは

相手がいても

話をせずに

コーヒーだけはじっくり

味わいたい

という望み

などなど、外からの刺激という

関係性でまた

新たな望みが

明らかになる

それらをひとつひとつ

本当に自分が

やりたいことかどうか

それを見極め

そのために、自分の

身体と機能を

協力させることを

選び取っていく

その結果

自分の行動と意図が

一致したものになっていく

それは、たとえるなら

茶道や華道の

所作のようとも言える

それを養っていくのが

アレクサンダーテクニークの

レッスン

しかしそこで、完璧に

自分の望みを100%

クリアにしようとしても

人が意識できている望みは

全体の10%

あとの90%は

どうやっても知り得ない

無意識の中にあるのだ

だからその多少コントロールの効く10%を

出来る限りクリアにし

90%がうまく働くためのサポートと

最善のオーダーを送り

不確かな未来を

抱きしめながら進む

そんなレッスン

これはかなり好き嫌いが

分かれるものだと思う。

こんなに魅力的なワークが

あるだろうかと、

自分としては

思うこともあったりするわけだが

それを一緒に

面白がってくれる人がいたら

いいなぁと思う。

いや、結構いらっしゃいますけどね(笑

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