「上手いと思われたい」という気持ちとどう付き合うか

ココロとカラダの癒しエデュケーター
シータヒーリングインストラクター
アレクサンダー・テクニーク教師
中條マキコです♪

「上手いと思われたい」という気持ちとどう付き合うか

みなさんこんにちは!

もっと弾ける!動きのアイデアをおすそ分け♪
「腕と手の動きトレーナー」中條マキコです

先日、授業でミラーゲームというのをやりました。
2人で向かい合って立ち、相手の動きを真似する、というシンプルなゲームです。

相手の動きを自分がどう観察しているか、何を真似ようとしているか、など、動きに対する自分の反応をいろいろと観察することができるわけですが、自分が真似る番になった時。

やっていてハッと気づきました。

相手の動きが上手く真似られた時に、よしいいぞ!すごい、って言われるかなぁ、という思いが交錯し、違った時は諦めとこうすればよかった~、という思いが交錯する。

これって、何かの時と似ている。。。!

自分が演奏している時と、同じジャッジの仕方をしているのに気付きました。

演奏をしている時に、自分のこのジャッジメントの癖をなんとか無くしたいと、常々思っていたのですが、それは、演奏の時だけではない自分が何かをやるときの、全てにおいての「思考の癖」だったのです

その中でも、こうすればよかった、というのは手放しやすい気がするのですが、「上手いって思われてるかな」という部分、これがどうにもやめられません。

そんなこと考えないで、音楽の事考えたい!

以前、授業でキャシーにこれを聞いた時には
「上手いと思われたくないパフォーマーなんてどの世界にいるのかしらね?」
と、当たり前のことだと言われました。

それを、先日のあがり症ワークショップの時、バジルさんにも聞いてみました。

とにかくこの、上手いと思われたいと「思う自分」が嫌でたまらない。
自然なことだというのは受け止められるけれど、どう付き合って行ったらいいのかと。

上手いと思われたいと思う事で、何か支障はあるのか聞かれました。
思う事がとにかく嫌なのだけれど、支障があるかどうかはわかりませんでした。

「それはもしかしたら、すでに対応できているのかも」

嫌だと思う考えでも、その気持ちがあったからこそ、今迄音楽を続けてこれたのかも、実は自分の役に立っていたのかもしれない、と言われました。

そう思った時に、それをただ嫌だと思う、というのも習慣なのです。
その習慣を選ばないこともできるというのです。
上手く思われたいという考えを変えよう、なくそうというのではなく、それに対する反応を選べるようにする

同じように嫌だと思い続ける
違う事を思う
何も思わない

どうにもならないと思っている反応にさえ、最低3つの選ぶ自由を自分は持っている。

演奏という流れに乗りながら、その隙間にわき出る想いに対してそういう選択肢を使う、昔ならそんなことできっこない、と思ったでしょう。

でも今は、「選べる」ということに気付いただけで、自分が安らぐのを感じたのです。

それは、それを試してみよう、最初は出来ないかもしれないけれど、試し続けることで何かが変わるかもしれない。
そんな自分への信頼がもたらしてくれたものでした。

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