父のこと #0120

シータヒーリングインストラクター
アレクサンダー・テクニーク教師
中條マキコです♪

癒しによる気づきは
さらに続き
たくさんの思い込みが
解放されてゆく
 
母の介護について
父と話していて
ふと
こんな人をパートナーとして
一緒に暮らすって
いいかもね、と
思った。
 
うーん、わたしが
こんなことを
思う日がくるとは
 
というのも
両親の結婚生活を
ずーっとみていて
同じことをやりたいと
思ったことがないから
なのだ
 
なんの不自由もなく
育てられ
特に問題もない家庭だったと
思うのだけれど
憧れや興味を持てるほど
その形態を
楽しそうや幸せそう、と
思うまでに至らなかった
 
だから、
一般的な結婚という形態を
めざしたことも
あこがれたことも
ないのだ
 
自分の家族と呼ぶ人の中に
失礼ながら
父という役割の人が
ただいて
役割を果たしてくれている
そんな淡々とした感じ
だったように思う
 
なんかちょっと
冷たい気もするけどね
 
しかしそれが今頃
一転したわけ
 
わたしにとってこれは
世界がひっくり返るほどの
衝撃と新しさ
 
本当にまるで世界が新しく
始まっちゃったような
そのくらいの感じ
新しく家族が
始まったような
そんな感じ。
 
でも
それは
父が変わったからじゃ
なくて
 
父はずっと
同じだった
そしてそんな
つまらない家庭でも
投げ出さずに
いてくれた
 
ずいぶんとわたし
自分の目を
曇らせていたんだなぁ
 
そして、
自分が父親を
好きだと思ったことが
いままで本当に
なかったのかと
考えてみて
思い出した。
 
そういえば
小さい頃
父の布団に潜り込むのが
好きだったっけ。
 
でも、父は
体温が高くて
布団の中は
暑すぎて
子供のわたしは
もっと潜っていたいと思いつつ
いつもすぐに
逃げ出してたっけ
 
あと
肩車好きだったな
一度、わたしを
肩にのせたまま
立て直す前の家のトイレに
入ったりしたことがあった
あれは4歳くらい
だっただろうか。
 
おやおや
父が、ただ
父という役割を持った人に
なってしまう前に
ちゃんと父として
好きだったことが
あったんじゃないの?
 
忘れてはいなかったけど
忘れてた。
 
なんとずいぶん長い
学びのトンネルにいたこと。
 
なーんて思ったら
またたっぷり涙がでた
 
そしてさらに今日
わかったこと
 
父は父なりに
気の毒なくらい
母の介護を
まめまめしくやっている
 
母が満足しているかどうかは
さておき
 
その姿を
わたしはなぜ
見ることになって
いるのだろうと
考えて
 
思い当たったのは
そんな実直な男性も
実際にいるんだという
実感を伴った学びを
わたしにくれている
と、思えた
 
はぁ〜〜〜
 
おかげさまで
男性観が
変わったかも

お父さん 
ごめん
そして
ありがとうね

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