憎しみを祝福する #0119

シータヒーリングインストラクター
アレクサンダー・テクニーク教師
中條マキコです♪

シータヒーリングの
癒しの中の5月
 
様々な気づきが
やってくる

先週は
今まで全く何も
感じなかった
「母親が嫌い」
という一文に
気持ちがざわめいた

いままで自分に
関係のある言葉だとは
思わなかったのに、と
思いを巡らす。

「お母さんが嫌い」
と、思ったことなんて
あっただろうか?
 
いや待てよ、と
思い出したのは
小学生の時
 
怒られて
たまには
ひっぱたかれることも
あった、そんな
頃のこと

怒る時の母の言葉は
そりゃもう
理路整然としてて
まっとうで
世界中の誰にも
反論の余地が
一ミリもないくらい
まったくもって
手も足もでなくて
 
まるでまるで
四方に戸板を
立てられたようで
本当に逃げ場がない
そんな感じだった

いったいそんなに
何を叱られていたのかは
全く覚えていない
 
けれどそういう時には
白目をむくぐらい
睨みつけ
純粋な
憎しみと呼ぶ以外ない
感情が、渦巻いていたことが
思い出された
 
わたしはその時
お母さんが嫌いだったのだろうか?
 
その感情を
持ち越した記憶はないし
恨みに思った記憶もなく
憎しみという言葉に
戸惑うほど
 
その感情が、
ただそこに
独立して
その時だけ
ぽっかりと
存在してたような
そんな不思議な感覚

その感情を感じた後
いったい
どうしていたのだろう?
 
自分の記憶では
どうしても思い出せない。

思い出したのは
母の言葉

おまえはホントに
面白い子で
叱って、
お母さんがもう、
口も聞かない、と
黙って無視していると

棒の先に
紐を結んで
その、紐の先に
紙をぶら下げ
母の目の前に
遠くから差し出して
ひらひらとさせ

その紙には
「バカ!でもいいから
なにかしゃべって」
と、書いてあって
母は可笑しくて
もう怒る気が
失せてしまうのよと
話してたっけ

良いも悪いもなく
正解もない
「家族」という
親密さの上で
自然に噴出する
感情たち

わたしは
もしかしたら
憎しみを
最も安全に
体験させて
もらったのかもね
 
ありがとう

今さら改めて
家族という関係を
思った。
 
たっぷり涙がでた 
 

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