痛みを祝福する #0114

シータヒーリングインストラクター
アレクサンダー・テクニーク教師
中條マキコです♪

年末から続いている

右腕と肩の痛みは

治っては少し違う形で

発症し、と

一通りでは済まず

痛みの場所も程度も

変容しつつ

まだ私を

悩ませている

たまになにかの拍子に

痛みがぶり返すことがあり

その度に鍼灸の先生のところへ

駆け込むのだが

よくなる、というのは

決して良くなり続けるとは

限らないのだと

先生は言う。


良くなる過程で

症状が上下するのは

ありえるのだから

気長に付き合ってあげましょうと

一昨日も

なぜだかかなり

上腕の外側が痛くなり

結構大変!と

思うくらいになった

どのように身体とワークして

この痛みが少しでも楽になるか

いろいろ考えていた時に

ふと、思った


痛みというのは

そもそも

自分の身体が

何か痛みが出るような

状態となっていることを

「ちょっと不都合が起こっています」

と、知らせてくれている

ものなのだ


この、痛みを痛みとして

お知らせするという

機能が働くのに

いったいどれだけの

身体の仕組みが

本来の機能通りに完璧に

働いていることか

そう

私の身体としては

痛みであっても

完璧なのだ

痛みをなんとかしようとする

それは当然だけれど

自分の使い方の

あれがダメこれがダメとか

少しでも痛みが

なくなってくれないかと

取り組んでいるとしたら

ちょっと、違うかもしれない

そう思って

痛みのお知らせに感謝をし

その完璧な働きを

祝福した

すると瞬間

痛みがひき、

自分が

肩を引き上げていることに

気がついた

それをやめると

しばらく

痛みは影を潜めた

自分の身体で起きていること

それが痛みであれなんであれ

邪魔モノ扱いしたら

失礼だよねぇ

全てはもうすでに

完璧だという

そういうこと

なぁんだ

そうだったんだ

シェア&いいね!いただけるとシッポを振って喜びま〜す\(^o^)/♪

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