「練習に集中する」をやめてみる

ココロとカラダの癒しエデュケーター
シータヒーリングインストラクター
アレクサンダー・テクニーク教師
中條マキコです♪

「練習に集中する」をやめてみる
みなさんこんにちは!

もっと弾ける!動きのアイデアをおすそ分け♪
「腕と手の動きトレーナー」中條マキコです

最近Youtubeを始めました。
毎日5分のベースの練習を撮ってアップしています。

撮り始めて1ヶ月近く。
最初の頃と全く雰囲気が違います。

最初の頃は、撮ることに慣れていないというのもありましたが、練習しようとベースを持ち、譜面を見る、そうすることが、普段とは切り離されているようでした。

スイッチを入れたように何かが代わり「練習」あるいは「演奏」というモードに入るという感じ。
それが、私の場合自分の体の使い方を悪くする方向に自分を追いやっていることに、動画をみて気付きました。
動きが悪くなっていたのです。
つまり、体のどこかに緊張があったということ。

切り離す、と見えたのは、たぶん今まで「集中する」と呼んでいたものでした。
練習のために「集中」していたはずですが、それが、実際の練習の役には立っていなかったのです。

いままでの役に立たない「集中」を解消するアイデアをいろいろ試すと、がらっと演奏の動きが変わります。。
自分の本来の動きを思い出したり、お客さんを意識したりすることで、動きは明らかによくなります。

やくにたたない集中をすることで、「今日は練習したなぁ〜」という、やった感、は得ていたと思います。
集中って、なんだったんでしょう?

体のどこかの筋肉を緊張させて固めることで、なにかをやった感を得ていただけだったのかも。

実際、まがいものでない緊張は、フローやゾーンとも言われますよね。
極限の集中状態、とか、没頭状態とか言われる、無意識が最大限に発揮されている状態のこと。

でもなんだか私にはそれも適切ではないような気がします。
それができている人には、どんな言葉で呼ぼうと関係ないのかもしれません。

しかし、そうでない人たちがそう呼ぶことで、いままでの手垢のついた「集中」の進化形になってしまうような。
また、特別なこと、一流のスポーツ選手が体験できること、などと自分と切り離した世界にそれを置き、それを目指そう、なんとか手に入れようとする。

しかし、そういった結果を求める気持ちは間違いなく緊張を引き起こし、腕や手や体を使いづらくし、やりたいことから自分を遠ざけてしまうのです。
必要なのは、引き算なのではないでしょうか。

集中するという結果を得ようとしないこと
集中した!というやった感を得ようとしないこと
自然にできることの邪魔をしないこと。
自分ができないことだと思わないこと
すでにその機能は備わっていると信頼すること

さて、ではまずできることはなにかと考えると
「さぁ!練習するぞ」
というのをやめてみるのはどうでしょうか。
テレビのリモコンをつけるように、歯でも磨くように、コーヒーを飲むように
そんなこととおんなじことだと思ってみたら
なにか変わるでしょうか?

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